2009/9/5

第九章 水鏡

9-1

 乗る?
 そう言われて、よく見ると、上の方になにかがある。
「行けばわかるよ。それより、大事なものを忘れるところだった」
 しょうたは水の中に手を突っ込むと、鏡を拾い上げてポケットに入れた。
 そうだった。これを守るためにたたかったんだった。
「それから……」
 しょうたは、あたりをきょろきょろと見渡すと、石ころにひっかかっていた手ぬぐいを拾ってきた。
「これがないと、こまっちゃうぞ」
 そういって、僕の首にくるっとかけてくれた。そういえば、うさぎになったしょうたもこんなのしてたな。
 僕が手ぬぐいを眺めてさわっていると、しょうたはとっとと岩肌にとっついて登りはじめた。
「急ぐぞ……」
 あちこち崩れているけど、全体としては階段みたいになっていて登りやすい。影になっているので、足下がよく見えなかったけど、だんだんと目が慣れていった。
 僕たちはもくもくと登った。何度か向きを変えて、どんどんと先に進む。一度だけ下を見たら、ずいぶん下の方で水がゆれているのがわかった。手すりも何もない。落ちたら大けがをしそうだ。
 でもなぜか、怖くはなかった。クマになって、体も少し大きくなったみたいだし、手足でしっかり地面をつかむことができる。そしてなによりも、しょうたのスピードについていける。
 途中で、あたりが白っぽくなっていることに気づいた。なんだか雲の中に入っちゃったみたいだ。
 見上げると、今度はかなり空が近い。そして、雲の中に透き通った大きなしゃぼん玉が浮かんでいた。
 それは、ゆっくりと動いていた。ものすごく大きなシャボン玉だ。
 ときおり、吹き抜ける風にゆられて、ふわりふわりと動いている。
 そのとき、僕はしょうたの「乗る」という言葉を思い出した。
 もしかして、あれに乗るのか? 乗れるの?
 声を出そうとしたけど、相変わらずため息のような音しか出ない。しょうたが振り向いたので、なんでもないと首を振った。
 そして僕たちは、とうとうそいつのすぐ近くまで来た。でかい。一つの部屋くらいある。
 息を切らせながら、しょうたが言った。
「いいか、中に入ったら、顔だけ出して、じっとしてるんだ」
 声が緊張している。
「顔以外は、外に出しちゃダメだぞ」
 僕はうなづくしかなかった。

ホームへ先頭へ前へ戻る